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東日本大震災から8年

今日で東日本の大震災から8年経つ。日本とは8時間の時差があるので、スイスでは朝の6時46分に黙祷する。
当時のことは今でも鮮明に覚えていて、最初は義母からの電話で地震を知ったのだが、スイスは小さな地震でもラジオでニュースを流したりするので、どうせまた小さな地震だろうと思いつつCNNをつけると、映し出された映像は上空からの海の映像。波がどんどん平地を這っていく映像だった。
地震と津波はもちろん日本人であれば即座に結びつく災害だが、その時は一瞬なんの映像かわからなかった。
あとで考えれば、あの様な大津波は見たこともないので、当然かもしれない。

すぐにネットニュースで確認して、日本の家族に連絡するが、固定電話が繋がらず、スカイプで安否確認ができたことも記憶に残る。
そうしているうちに、日本との取引がある顧客からの連絡で対応に追われ、午後には近所の人が受けている地元TV局の取材に日本人として出て欲しいと言われてインタビューを受ける。
その日はとにかく慌ただしく、1日中ネットニュースやCNNに釘付けだった。

今でもこの日がくると、その慌ただしさが蘇るが、しばらくして、多くの被災していない日本人は、その後あっという間に日常に戻り、福島の原発事故の影響も忘れかけ、根拠もない「大丈夫」が広まっていったことにも驚いた。被災地に近い地域では、毎日気にしていたら気が狂うといって、放射線量すら無視するようになっていた。それが悪いとかではなく、そうしなければならない日本の状況に愕然とした。震災がなくとも、海外在住の日本人は普段から日本の事を気にしているのが当たり前で、こんな大きな災害が起きたうえに最悪な原発の事故。欧州の反応も今まで以上に大きく、当初の哀れみから隠蔽体質の日本の原発への不信を感じる時期もあり、日本人としては非常に複雑な気分の時期だった。

自分でも文章にして起こすと大げさに感じてしまうが、この震災は日常の価値観と死生観を変えてしまったように思う。それは8年経った今でもそうだ。本音である。
8年の間に自分自身も年齢を重ね、同世代の人の病死や近くにいた義理の両親が他界したせいもあり、「死」というものに対しての考え方は明らかに変わったと思う。
それとは逆に成長する子供を見ながら、確実に時間が過ぎていくのを感じる。

3/11日は悲しい日だが、一度立ち止まって人生を見つめ直す機会にもなっている。
今年も震災で亡くなられた方々の冥福を祈りたいと思う。