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★ jp-Swiss-journal ━ Vol. 109 – August 02, 2009 (Swiss Time) ┃
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     連邦評議員選

     明子 ヒューリマン

6月中旬、パスカル・クシュパン内相(FDP :自由民主党)が連邦評議員(大臣
職)*1)を辞任すると突然表明した。67歳と閣内では最高齢なのでそう遠くな
い日の退任は予想されていたのだが、歳出削減が急務の社会保障政策に関して
、何を提案しても批判される日々につくづく嫌気がさした、というところかも
しれない。退任は今年の10月末。クシュパン内相はヴァリスのフランス語圏出
身なので、同じく仏語圏からの後任が強く意識されている。スイスの閣僚選出
では、候補者の所属する党勢(議席数)に加えて出身言語にも相応の配慮が求
められる。現閣僚7名のうち、大別するとドイツ語圏出身者が5名、仏語圏出
身者が2名、そして日本の内閣官房長官職に相当するブンデスカンツラーはロ
マンシュ語圏出身者が占めている。州によっては独仏2カ国語が使われている
ので、言語分類もおおまかになり、論争の火種ともなる。クシュパン内相と同
じFDP所属でフリブールの全州議会議員ディディエ・ブルクハルター*2)が先ず
後任候補に登場したのだが、苗字はドイツ風でドイツ語が良く出来、人柄も冷
静沈着と可なりドイツ風ではある。現実に、仏語圏にはドイツ語圏から沢山移
住しているので、母国語がドイツ語、名字もドイツ風の住民は珍しくない。文
化的背景があっての言語であり、アイデンティティーやメンタリティーにも強
い影響を及ぼすので、出身言語圏をどう判断するか容易ではない。

スイスの閣僚は小国とは言うものの極めて少人数で構成されていると言えよう
。閣僚選には通常政党が候補者を推薦するのだが、両院議員総会の過半数で承
認されなければならない。この段階で現状では候補者は所属政党だけでなく、
他党からも一定の支持を得なければ承認されない。更に全州議会 *3)は州の代
表なので、政党色もさるものの、諸州の支持もある程度獲得しなければならな
い。「ロシュティ・グラーベン」*4)と呼ばれる政治的な見えない溝がドイツ
語圏とラテン語圏との間には抜き難く存在しているという事情がある。多数派
対少数派の溝だ。最高権力の配分に実に塩梅良く民意が反映される仕組みにな
っているではないか!

彼ら閣僚は、常時メディアの注目を浴び、発言や行動が詳細に報道されるのだ
が、官僚の用意した紙を見ながら発言する姿というのは殆ど見受けられない。
勇敢な能吏であることを期待されている権力者なので、いずれも滔滔と持論を
繰り広げる弁舌のさわやかさには感嘆させられている。何れの連邦評議員も自
分の担当する省だけでなく、補佐する省も1人一省づつ受け持っている。補佐
する大臣が病気にでもなれば、代理も務めなければならない。最近では、ハン
スルドルフメルツ大統領兼蔵相が心臓手術をした際に、エヴェリン・ヴィドゥ
マー=シュルムプフ法相が代行した。アメリカ発の金融危機とバーナード・マ
ドフ*5)の巨額詐欺事件が起きるまでは、各閣僚はメディアや国民から概ね及
第点を貰っていたのだが、これ以後難問が続出、批判の矢面に立たされること
もしばしば起きるようになった。とは言え、小国が独立国家として存続するに
は、無能な政治家では不可能であった事だろう。

この夏スイスのベルナーオーバーラントを旅した米国FOXニュースのスター司
会者ビル・オーライリ氏は、国土の環境保全、医療制度、高齢者福祉制度等を
例に挙げて、「米国はスイスを手本にすべきだ」と発言したと、2009年7月9日
付「20分紙」が報じた。多様な国民が国の価値観では見事に統一されている。
政権の構成はやや左派寄りであるのに、国家としてはバランスのとれた世界で
も最高水準の豊かな国造りが成功している。これはどうしてか?と考えてみる
と、スイスの代名詞にもなっている民主主義と政治倫理が高い水準で維持され
ているからではないかと思える。地方自治体が連邦議会の一翼を担う「全州議
会」という制度で地方の政治的権利が保証されている点も重要な点であろう。
そして何といっても、自由闊達な報道と情報開示が原則保証されている事は欠
くべからざる要素だと思う。

権力の過度の集中は民主主義を阻害する要因になると確信するようになった。
8月1日はスイスの建国記念日。各地で様々な行事が予定されているが、各連邦
評議員も各地で演説を行い国民を鼓舞し、意思統一を呼びかける。一般市民は
国旗を飾り、花火を上げて祝う。報道各社は建国記念日に関する様々な特集記
事を書いて建国の意義を問うている。その中の一つ、地元紙の市民へのインタ
ヴュー記事で、EUへの加盟について訊ねられた人の多くが「反対」と答えてい
た。永世中立の国是を守る為にも、EU加盟は適さないと考える国民が多いのは
国民投票の結果にも表れている。7月初旬ツューリッヒのSVPが「将来連邦評議
員を国民投票で選ぶ」イニシアティブを提案したのだが、報道各社の世論調査
では、60%が反対で従来通り議会で選出すべきという結果だった。メルツ大統
領も2009年7月3日付のターゲス・アンツァイガー紙のインタヴュー記事で、「
国民より議員の方が候補者の協調性を理解している。」と答えている。スイス
独特のマジックフォーミュラ内閣では、閣僚達に協調性がなければ成立しない
という事情がある。過度の民主主義は求めない、という国民の節度が伺える。
クシュパン内相の後任は、目下仏語圏出身のFDPとCVPの連邦議員が候補に挙が
っているのだが、結果と経緯は何れ又お伝えする機会があるだろう。

【参照】

*1) 連邦評議員(大臣職)Heads of Department:
http://www.admin.ch/br/dokumentation/mitglieder/departementsvorsteher/
*2) ディディエ・ブルクハルター:
http://www.admin.ch/br/dokumentation/mitglieder/departementsvorsteher/
*3) 全州議会:
http://www.parlament.ch/e/organe-mitglieder/staenderat/pages/default.aspx
*4) ロシュティグラーベンRoestigraben:
http://en.wikipedia.org/wiki/R%C3%B6stigraben (E)
*5) バーナード・マドフ :
http://ja.wikipedia.org/wiki

【 編集後記 】

地方自治の拡大が叫ばれている日本は、「参議院」をスイス流に県を代表する
「県議院」のようなものに変えてしまうという手があろう。両院の特に現在の
「参議院」を同等の権力にして、人工稠密の都市部と人口の少ない地方との政
治の均衡を図るべきだ。いずれにしても、国民こぞって建国記念日を祝い、国
旗と国歌を尊重出来ない現状は、国民の意思統一の妨げになり、精神的分断を
温存すると懸念している。
フリブール大学「連邦主義研究所」:
http://www.federalism.ch/index.php?page=448&lang=0 (E)
連邦主義:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E9%82%A6%E4%B8%BB%E7%BE%A9
(J)
スイスの歴史:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%
AD%B4%E5%8F%B2
(J)

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