昨年秋から途端に崩れ始めた世界経済。それまでは好調だった日本のトヨタ自動車も一気に減益、赤字となり、従業員解雇のニュースが連日のように報道された。売り上げの低迷に伴い企業が人員及び経費を削減するのは当然の成り行きだが、今回のように100年に一度といわれる経済危機において、企業が果たして正しい判断をしているのかはまだ分からないところが多い。言い換えれば何が正しいのかが分からない状態だ。

 1929年の世界大恐慌の際、日本の松下電器(現Panasonic)創立者である松下幸之助氏は、著書の中で、あるエピソードを紹介している。
「大恐慌により、売り上げが止まって、生産を半分にし資金を浮かすが、工場の従業員は1人も減らさず半日勤務、半日休みにしてもらう。しかし、給料は全額支給した。そうすると会社の状況を理解した販売員達が俄然やる気になり、徹底的に売ろうといって、倉庫にあった在庫品を2ヶ月で売り切った。」という話である。

 その結果、松下電器は恐慌を切り抜け、工場の従業員もまた1日勤務に戻す事が出来たというエピソードだが、最後に松下氏は「安易に解雇するという方法をえらんでいたならば、おそらく今日の成功はなかったと思うのです。」と締めくくっている。(「社員稼業」 PHP文庫より)

 そんなPanasonic社も現在の経済危機では、企業規模も世界を取り巻く状況も1929年当時とは違うわけで、売り上げを大幅に下げ、世界各地の拠点で人員削減や工場閉鎖を行っている。全体で1万5千人ほどの解雇が出る予定だ。しかし、その一方で正社員は配置転換などの対策を取り、従業員をなるべく解雇しないようにしている。また、いま問題となっている非正規の雇用は雇い止めにし、他の企業のような即日解雇は行っておらず、契約が切れるまで待つとのこと。正社員の配置転換に関しても、どうしても無理な社員には再就職支援や早期退職で退職金などを優遇する措置を検討している。

 こうした記事を読んでいると、エピソードで紹介した、松下氏の精神が受け継がれているのだと感じると同時に、企業の社会的責任を果たそうとしている姿勢が伝わってくる。

 松下氏の 「工場の従業員を半日勤務、半日休みにしてもらい、、、」 という言葉とよく似た対策を、いまスイスの企業が取り始めている。耳にした方もおられるだろうが、ドイツ語で「Kurzarbeit」(短い労働)といい、解雇はせずに勤務時間と給与を減らし、会社の業績が回復したら勤務体制を元に戻すやり方である。失業保険と同じようにKurzarbeitも保険があるため、企業側も給与支払いの一部を負担してもらう事が出来ると言うメリットがある。社員の最低限の生活を保障し、企業体力の回復のためにこうした方法が欧州先進国にはある。
むろん、給与を減らされた社員の方は大変な状況であるのに変わりはないが、勤め先企業が倒れてしまう事を考えたら経済的損失も抑えられるだろう。ただし、このKurzarbeit制度を利用して、結果的には会社を閉めてしまう企業もあるため問題視する専門家もいる。

 しかしながら、こうしたシステムがある上での人員削減と、全く生活が保障されないような状況での解雇では、人にとってもその国にとっても大きな差が出来る。この危機を乗り切るための最低限の人員削減等の対策は仕方がないが、企業の社会的責任と国の政治の責任は非常に重い。人材は企業の成長にとって大切な資本であるはずなのに、まるで道具のように使い捨てにされていく。今日本ではそんな状況にある。

 非正規社員、派遣社員という不安定な職種を選んだ者が悪いという意見もあるが、そのシステムを作ったのは政治家だ。自分たちで作っておきながら、そういう道をえらんだ者に責任を押し付けるのはいかがなものか?企業が低賃金の労働力を雇いやすいようにしたまでは良かったが、そのあとのフォローがなかった。今回のような危機には、その場しのぎで対処するのではなく、国はきちんとしたシステムを作り、企業は社会的責任をもう一度再確認する良い機会なのではないだろうか。