スイスの青少年の更生プログラム

 この夏、世間を騒がせたスキャンダルがある。それは、スイスの国営TVで組まれた特集で、ある弁護士の活動を追うドキュメンタリー形式の番組。

 この主役の弁護士が取り組んでいるといういくつかの活動のうち、非行青年の更生プログラムについて紹介された内容が、スイス国民に怒りを買ってしまい、翌日からは各メディアが連日のように取り上げていた。更生のために多額の税金が投入されていたからだ。これが公になり、ネットのニュースサイトでコメント欄は大炎上した。更には、同じ週の金曜日に、チューリッヒでこの青年は警察に逮捕されると言う結果に。はっきりした容疑がないが、暴力沙汰が起きる前にメディアから保護する形を取ったようだ。

 問題となった内容は衝撃的で、この青年が2年前に路上で人をナイフで刺し、重傷を負わせた加害者である事。この更生プログラムに組まれたのはまだ執行猶予付きの期間。チューリッヒで2例しかないという、非常に難しい場合の特例プログラムとして行なわれていた。
 まず市民の怒りを買ったのは暴力事件を起こした青年にキックボクシング元世界チャンピオンのジムに毎日通わせていたと言う事。その次が、この青年に対して、弁護士を含め、家庭教師、ボクシングレッスン、青年と同居の保護責任者、精神カウンセラーなどなど、総勢10名のチームで、何と毎月29000フランもの税金が投入されていた。

 その内訳が、この金曜日にチューリッヒで発表されオンラインでも詳細を確認する事が出来るが、家庭教師に1800フラン、キックボクシングジムに5000フラン以上、同居の保護責任者に5000フラン、カウンセラーにも数千フラン、4.5部屋の改装されたアパート、彼に対する小遣いも含まれており毎月600フラン以上。しかも夏休みの小遣いは1000フランなど、本当に更生をするプログラムなのかと疑う贅沢な内容。これが2018年まで計画されていたと言うから驚きだ。

 スイスではこうした更生プログラムが充実している上、かなりの成果を上げている事も事実。特に違法薬物から社会復帰させるプログラムなどは欧州でも有名で、成功例として扱われている。しかしながら、このTVで放送された内容については、到底受け入れがたい特例措置で、しかもチューリッヒ市民の税金が投入されていると言う事は、当然反感を買った。プログラム自体は良いのだが、やはりいくつかの点は理解しがたい。

 まず、暴力事件を起こした加害者に、更生の過程でキックボクシングと言う、間違えば武器になるようなことを習わせていること。ストレスを発散させるためにスポーツをと言うのも分かるし、路上で喧嘩する代わりにボクシングと言うのもよく聞く例ではある。しかも、世界チャンピオンに素質を認められ、プロを目指していたと言うから、それなりに規律を守った過酷なトレーニングだったのもわかる。しかし、それはこの更生プログラムで彼自身が更生し、プロになって成功した場合に限る。プロにもなれず挫折した場合はどうなのか。他の教育や職業訓練を受けていない以上、問題を起こす可能性は高くなる。そして、税金投入で非常に危険な人間を作り上げることになる。その場合の責任は誰にあるのか。「彼の可能性にかけてみる」では、すまされない。
 
 メディアで報道された彼の生い立ちを読む限り、9歳頃から素行が悪く、親元を引き離され、20もの更生施設を渡り歩いている。どこも手に負えない状態だったそうだ。その状態で、一般の人が住む住居を借りて住まわせると言うのも危険度は高い。実際に10人のチームがついて、定期的にミーティングを行ない、徐々に改善しつつある状態で、問題を起こす可能性は低かったと思われるが、その保証はない。

 一連の報道を見て思うのは、問題点はこの青年ではなく、このプログラムの予算を許可してしまった行政にある。昨日6日の金曜日の発表では、このプログラムの継続は一旦中止となり、他のカントンの更生プログラムについても見直しをはかることになった。TVでは、大臣まで調査を求めると言う発言をした。また、この青年が住んでいたのは、チューリッヒではなく、バーゼルの郊外の街。こうした特例の青年が住んでいる事は、地元の自治体や警察には通達が一切なされておらず、バーゼル郊外の自治体とチューリッヒとの間でも摩擦が起きて、政治的な問題にもなっている。

 今回の調査で、違法と思われる事はプログラム自体には今のところ確認出来ないようだが、この青年が更生プログラムを別の形で続けられる事を望みたい。キックボクシングでは、選手としてのキャリアも短い。生涯出来るような仕事を身につける更生プログラムを組んで、社会復帰をしてほしいと思う。