朗読劇インタビュー

今回は2012年の1月から5月にかけて、朗読劇「宮沢賢治の二つのメルヘン」を日本とスイスで4公演行なった押川恵美さんにお話を伺いました。

Photo: Helmut Geis

SWN:はじめに、シュヴィーツ、東京、岩手、チューリッヒでの4公演、お疲れさまでした。数年前にもこのスイスワンダーネットで紹介させて頂きましたが、その時は3人での朗読劇でした。今回はお一人で朗読し、音楽を入れるスタイルでしたが、今回の構成を簡単に教えて頂けますか?

押川さん:ありがとうございます。
宮沢賢治の童話から「ひのきとひなげし」「セロ弾きのゴーシュ」の二つに、ヴァイオリンとのコラボ朗読劇というスタイルです。前回になかったドイツ語字幕を入れました。
   
   Photo: Helmut Geis

SWN:私はチューリッヒ公演を見させて頂きましたが、ヴァイオリンの音が入る事で臨場感が出ていたと思いました。
音の効果は大きいと思いますが、お客さんの反応はどうでしたか?

   
   Photo: Helmut Geis

押川さん:音が入る事によって、ストーリーの雰囲気もより伝わり、とても良い効果は出ていたと思います。
朗読劇と音楽いうスタイル自体が初めての方が多いので、日本でもスイスでも、逆に新鮮に感じて頂けたようです。
ヴァイオリンとの合わせは、音を入れる場所をきっちり決めてしまうのではなく、奏者の河村典子さんのタイミングで入れてもらうようにしました。公演前の3日間泊まりがけで集中して作る作業でしたが、最後のチューリッヒ公演では、私がイメージしたところまで到達できたと思います。手ごたえがありました。
  
  Photo: Helmut Geis

SWN:日本とスイスの両国で公演されましたが、岩手県では篠笛、スイスではヴァイオリンと全く異なった楽器ですが、劇の雰囲気自体がけっこう変わるのではと思いました。その辺はどうでしたか?

押川さん:仰る通り、雰囲気は全く違います。ちなみに大槌での公演は、現地のミュージシャン大久保さんの篠笛の予定が急遽、尺八に変わりましたし、最後にはシンセサイザーも加わりました。女性の和太鼓奏者にも演奏していただいて、まるで歌舞伎のような「ひのきとひなげし」になりました。「セロ弾きのゴーシュ」の最後のシーンでは賢治の「青い透きとおった」世界が音になりました。スイスでの公演はバッハの「無伴奏パルティータ」でしたので、同じストーリでも印象は当然異なります。

また日本では、「ひのきとひなげし」を知らない人が多く「こんな話もあったのか」と言って下さった方が何人かいらっしゃいました。

SWN:昨年の日本の大震災以降、多くの人が自分の人生、価値観など、一度立ち止まり考えた事と思いますが、まだ復興途中の被災地において、公演するというのはどんなお気持ちでしたか?

押川さん:被災地である大槌では、友人の千田悦子が1年以上かかわっていた関係で「NPO法人ぐるっと大槌」さんがチラシを2000枚も刷って仮設住宅に配ってくださいました。カリタスジャパンのベースキャンプに泊めていただいて、昼間はNPOのボランティアとして仮設住宅を、野菜の販売車に乗せてもらって回り、午後から夜にかけて稽古をしました。

全財産どころか家族までなくされた方たちの前で「演劇には何ができるか」という大げさな質問になるわけですが、行ってしまった以上は、やり遂げるしかなくほんとうに精神的に追い詰められました。結局、大槌の方々を見ていて「ダメならもう一度できるまで遣るだけさ」と、開き直りました。
   
    Photo: Helmut Geis

SWN:日本国内でも、この宮沢賢治の朗読劇を大勢の俳優が交代で行なっている大きな劇場があると聞きましたが、偶然なのでしょうか?
そうだとすると、『農民芸術概論』の「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸せはありえない」の1節に同じ思いを抱いているということになりますね。

押川さん:はい、世田谷パブリックシアターで、私が見た日は野村萬斉、黒木メイサ、段田安則の出演でした。3人が座って朗読し、バックでマリンバ奏者が演奏するスタイルでしたが、コンセプト自体は私が行なったものと同じです。更に賢治のメッセージや経歴を後ろのスクリーンに映し出していました。

これ以外にも、小さな公民館ですとか、喫茶店でも宮沢賢治の朗読の告知を目にしましたので、宮沢賢治の作品への関心は高いと言えると思います。

『農業芸術概論』にある1節は、やはり宮沢賢治のエッセンスとして、人の心に伝わるものがあると思います。(余談ですが、宮沢賢治の作品は、東北地方で起きた大地震と津波とその後に起こった大地震との間に書かれたものです。)朗読劇でのお話は、この1節とは関係ありませんが、物語の中にこの1節を感じる部分は多くあると思います。それが今の日本に必要とされているメッセージなのかもしれません。

SWN:スイス公演では、ドイツ語の字幕をスクリーンに出して、地元スイスのお客さんにも分かるようになっていて、これも新しい試みだったと思います。話の内容を崩さずドイツ語に訳されていたと思いますが、やはり各所の表現は難しかったでしょうか?

押川さん:「セロ弾きのゴーシュ」の方は翻訳本が出ていてますので、それを使い、「ひのきとひなげし」はチューリッヒ大学の日本学研究者のダニエラ・タンさんにお願いをしました。翻訳は、それを母語とする方が最適ですから。

SWN:今回チューリッヒの会場は、大きすぎる事なく、非常に聞きやすかったですが、朗読している側の押川さんもやりやすかったですか?また、日本での公演は拝見していないのですが、どんな会場でしたか?

押川さん:はい、今回チューリッヒの会場が大きさも雰囲気も一番良かったです。最大100名程収容出来る小ホールですが、朗読劇というスタイル上、大勢の人の前でというものでもありませんし、ちょうど良かったと思います。

東京公演では、くにたち芸術小ホールを使わせて頂き、こちらも定員70名程でした。
岩手の会場は、友人に手配してもらい、しし踊りの練習場「伝承館」をお借りしました。50畳程の広さでした。ただ、畳敷きの場合、音が吸い込まれてしまうため、結構大きな声を出さなければなりませんでした。ガマガエルも鳴いていましたし。
   
   Photo: Helmut Geis

SWN:こうした劇を構成するのに、劇の内容以外にも字幕の準備や音楽との合わせ、照明、会場での準備作業等、当然ながら、様々なご苦労があると思います。

押川さん:今回は朗読は一人で1時間半の公演でしたから、構成よりも何よりも、自分自身の体力、集中力が問題でした。やってみてはじめて「これはもしかしたら大ベテランの俳優さんがやっと出来るような大変なプログラムではないか」とハッと気がつきましたが時すでに遅く、やるしかありませんでした。大槌でせっぱつまってイスにすわることにしたとたん、地の文がじっくり読めるようになり、間がうまく取れ出しました。

また、初期の段階では狐神楽のDIOさんに適切なアドバイスを頂いてビデオで自分の演出をしたり、比べようもないほどキャリアに差のある河村さんにはプロの何たるかを無言のうちに習い、そういう意味では楽しいプロセスでした。

SWN:まだ終わったばかりですが、次回の構想は練っていらっしゃいますか?
今後の活動予定などがあれば、教えて下さい。

押川さん:次回の構想は、同じく宮沢賢治の作品で、ダンス、パフォーマンスを取り入れて、光を使い演劇にさらに近いものを考えています。朗読は残しつつ、それに何かしらのアクションを入れたいと思っています。視覚、聴覚的にも表現の幅を広げられたらと思います。
最終的に目標としている朗読作品は、「銀河鉄道の夜」です。

スイスワンダーネットでもまた今後の活動を紹介させて頂ければと思います。どうもありがとうございました。